『裁量労働制』や『フレックスタイム制』など、労働者が時間に縛られずに働く制度を企業が取り入れたい場合、どのような点に注意したら良いのかについてお伝えします。
裁量労働制とは一定の専門職などに従事する労働者が、実際の労働時間に関わらず、あらかじめ労使で定めた時間分だけ働いたものとみなす制度で、労働時間に関係なく、能力や成果を重視する雇用形態です。
裁量労働制が設けられた背景は、近年の技術革新の進展や、経済のサービス化・情報化等により、業務の性質上、具体的な業務の遂行については労働者の裁量に委ねる必要があるため、通常の方法による時間管理がなじまない業務が増加してきたからです。
労働基準法では1日8時間、1週間に40時間を超えて労働させてはならないと定められています。裁量労働制を導入した場合、この労働時間規制から完全に自由になれるわけではありませんが、仕事の進め方や時間配分の決定を労働者の裁量に大幅に委ねる場合に取り入れることができます。
裁量労働制は、専門職を対象とした「専門業務型裁量労働制」と、経営・企画管理などのホワイトカラーを対象とする「企画業務型裁量労働制」とに分けられます。誰にでも裁量労働制を適用できるわけではなく、導入するためには様々な条件があります。
裁量労働制を導入する際には、1日のみなし労働時間を定めることになります。「1日の労働時間を8時間とみなす」と定めた場合、この制度の適用を受ける労働者には、実際の労働時間に関係なく、勤務した1日につき8時間分の賃金を支払う必要があります。
残業代については、みなし労働時間が8時間以下の場合には不要で、8時間を超える場合には必要です。また、休日・深夜の時間帯(22時~翌朝5時まで)の労働には割増が必要です。
みなし労働時間を8時間以内に定めた場合は実際の労働時間に関わらず、残業代は発生しません。
(例1)実際の労働時間が6時間の場合→8時間働いたとみなされるため、遅刻早退控除はしません。
(例2)実際の労働時間が9時間の場合→もともと労使の間で「みなし残業時間を8時間」と取り決めているので、9時間働いても8時間働いたとみなされます。そのため残業代支払いは発生しません。
みなし労働時間を8時間以上に定めた場合は、法定の8時間を超えた分だけ残業代が発生します。(例えば、みなし残業時間を9時間と定めた場合は、法定の8時間を超過した1時間分に残業代支払いが発生します)
(例4)実際の労働時間が6時間の場合→9時間働いたとみなされるため、遅刻早退控除もできず、1時間分の残業代が発生します。
(例5)実際の労働時間が10時間の場合→事前に労使で取り決めをした9時間分働いたとみなされます。9時間以上働いている分に残業代支払いは発生せず、法定8時間から超過した1時間分の残業代が発生します。
勤務時間を労働者が自由に決められる制度として、フレックスタイムがあります。始業時刻、終業時刻ともに労働者が自由に決められる場合に適用できます。勤務が自由なフレキシブルタイムと、必ず勤務するコアタイムを定めることもできます。
フレックスタイム制では、上限3か月の清算期間の総労働時間の範囲内で、労働者の都合に応じた労働時間の調整が可能です。清算期間が1か月を超える場合には、①清算期間全体の労働時間が週平均40時間を超えないこと、②1か月ごとの労働時間が週平均50時間を超えないこと、の両方を満たす必要があります。いずれかを超えた時間は時間外労働となり、割増料金が発生します。
裁量労働制との違いは、適用できる労働者の範囲が広いこと、労働時間を〇時間とみなすわけではなく、残業代も発生することが挙げられます。
裁量労働制は会社側が勝手に取り入れることはできず、労働者との合意の上で導入するものです。また制度を導入するにあたって、会社側は労働者の健康・福祉を確保するための措置や、苦情処理の措置、労働者本人の同意を取らなくてはなりません。
【専門業務型裁量労働制】
「専門業務型裁量労働制」を導入するためには、労働協定を過半数労働組合又は過半数代表者と結び、労働者本人の同意を得た上で、労使協定に必要事項を定め、労基署へ届け出る必要があります。
※労使協定とは、使用者と労働者代表で締結される合意書のことです。
専門業務型裁量労働制の対象となる業務は現在、厚生労働大臣が指定する20種類の業務に限られており、これらの業務以外には適用が認められていません。
※参考:専門業務型裁量労働制について
例えば、コピーライターの業務などは、ずっと机に向かっていれば、いいアイディアがひらめくというものではありません。このような業務を、仕事の進め方や時間配分等を上司が具体的な指示をすることなく、本人の裁量に任せて働いてもらう場合に適用することができます。補助的な作業や、上司から指示を受けて仕事を行っている場合には本人に裁量があるとは認められないので、この制度の対象者とすることはできません。
【企画業務型裁量労働制】
「企画業務型裁量労働制」の対象となる業務は、「事業所の運営に関するもの」「会社運営の企画・立案・調査及び分析の業務であること」「業務遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があると、業務の性質に照らして客観的に判断される業務であること」「業務遂行の手段・時間配分の決定等に関して使用者が具体的な指示をしないこととする業務であること」の4要件 全てを満たす業務に限られます。
また、対象労働者は「対象業務に常態として従事していること」が必要です。また、「対象業務を適切に遂行するための知識および経験等を有する」必要がありますが、その範囲は対象業務ごとに異なるため、対象者を特定するために必要な職務経験年数や職能資格等の具体的な基準を明らかにしなければなりません。
したがって、会社の運営を担当する部署等に所属していても、雑用や単純作業が大半を占める労働者や、対象業務以外にも常態として従事している労働者には適用することができません。また、新卒採用で職務経験がない労働者についても、客観的に「知識及び経験を有する」とは認められず、対象とすることは難しいでしょう。
企画業務型裁量労働制を導入するためには、労働者本人の同意を得て、その内容に関して労使委員会で決議を行う必要があります。
労使委員会とは、会社側と従業員側の代表とが、それぞれ半数で構成される委員会です。労使委員会で必要事項を決議し、労基署に届け出ます。そして、会社側は対象労働者の労働時間の状況や、健康・福祉確保措置の実施状況、同意及びその撤回の実施状況について労基署に定期的に報告を行わなくてはなりません。
企画業務型裁量労働制は導入までの手順が複雑なことから、中小企業での導入はあまり進んでいません。
2024年4月の改正 により専門業務型裁量労働制の対象業務にM&Aアドバイザーの業務が追加されました。しかし、裁量労働制の範囲拡大については、残業代節約のために裁量労働制がどんどん広がってしまうのではないかという懸念や、この制度の対象になると毎月の賃金が固定となり、どれだけ働いても残業代が発生しないため、「定額働かせ放題」などと批判の声も多くあがっていました。
労働者が不当な扱いを受けないために、今回の法改正では、労働者本人の同意や、同意をしなかった場合の不利益取り扱いの禁止、同意の撤回、同意や撤回に関する記録の保存についての項目が新しく追加されることとなりました。
裁量労働制を導入する場合は、この制度の趣旨に沿う業務であるかを慎重に検討し、制度を適正に運用する必要があります。
裁量労働制は、労働者が時間に縛られずに効率的に働き、成果を評価するための制度です。日本では労働時間に対して賃金を支払う方法が一般的なため、まだ特殊な制度であると言えますが、短時間で成果を出せる労働者にとっては働き方改革につながります。
しかし、実労働時間に応じた残業代が支払われないため、不当な働き方になってしまっている場合もあります。
こんな問題は起こっていませんか?
■実労働とみなし労働時間がかけ離れている
→明らかに決められた時間内で終わらせることが不可能な仕事量ではありませんか?
■長時間労働が常態化している
→残業や休日出勤を命じてはいませんか?
■実際には会社に出勤・退社時間が決められていて、労働者の裁量で出勤・退勤することが認められていない。
→労働者が自由に退勤することが認められていないのに、「個人の裁量で残業している」と会社に都合のいい解釈をしていませんか?
■対象者の労働時間を把握していない。
→深夜や休日労働の把握をしていますか? 裁量労働制を導入しているからといって、労働時間の管理をしなくてよいわけではありません。
■実際には裁量のない労働者を対象としている
→対象業務の範囲は明確ですか?
裁量労働制を残業代節約のために導入したいと考える企業も存在し、対象業務の範囲を超えた労働者にまで適用しているケースも少なくありません。ですが、そのような運用をしている場合は違法ですし、労基署の調査が入ったときには問題となります。場合によっては労働者から訴訟を起こされ、過去にさかのぼって残業代の請求を受けることも考えられます。
裁量労働制を導入する際は、実際に労働者の裁量に仕事の進め方や時間管理を委ねられるのか、みなし労働時間と仕事の量が適切なのか、労使間でしっかり話し合う必要があります。